2005年5月13日

21世紀の自然生活人へ―The Cold Mountain's Letters

日本語の文章で、個人的にもっとも好きなのは田渕義雄さんのそれ。
小説家ではないし、エッセイストでもない。いわゆるアウトドアライターのはしりのような作家である。
先日出かけたキャンプ場のある村に、十数年前から暮らしているそうだ。
色とりどりのハーブや野菜が植えられた菜園に囲まれ、自作の家具や古い道具達が静かに配置された、森暮らしの家はため息がでるほど美しい。
都会的で、快楽的で、自然回帰的な、ソローヴィアン。
そんな言葉誰も知らなかった時代から、LOHASな生活やってたんだよね。
その孤独癖ゆえに、あまり評判は芳しくないという噂もあるようだが、とにかくぼくは彼の文章がスキ!

一文一文を連ねたリズムで一遍の詩のように文章を構築する人だから、断片的に抜き出すのは気が引けますが、この本ではこんな感じ。

キッチンは、この世で一番大切な場所であろう。キッチンは、神聖な処なのだ。だからキッチンには"竈三柱大御神"の御札を祀るのだ。
オウムには、給食センターはあっても、キッチンはなかった。美しい宗教は、美しいキッチンと共に生まれる。

散歩は冬の自然趣味。しんみりと物思いながら、あてどなく歩くのはいい。
生きていることの淋しさを踏みしめながら歩くのがいい。
存在は淋しい。しかし、この淋しさ故に、詩があり、絵があり、音楽があり、そして自然趣味がある。淋しさのない趣味にはろくなものがない。憂いのない女には美しさがない。

今年は、コールマンの赤ランタンが久し振りに大活躍した。サンキュー・ミスター・コールマン。夏に何度も大きなキャンプをやったからね。本格的な森の生活もやった。
きみの明るすぎにケチをつけたこともあった。ゴメン。謝ります。明るすぎるときには、消灯してやればよかったのだ。きみの明るさに甘えてたんだ。

焚火はいい。焚火は百インチ・ハイビジョン、ノー・コマーシャル、エンドレスの匂いつき思い出テレビジョン。たとえそれが裏庭での焚火であっても、火をおこせば、心は遠い日の川や湖や砂漠や森をさまようのだ。


この本は雑誌の連載を単行本化したものである。
執筆された当時、地下鉄サリン事件が起きた。
村上春樹さんと同様に、孤独なこの作家も、事件を契機として自らのスタイルで社会へコミットメントしていくことを考えはじめるくだりには、胸を打たれた。

蛇足だが、愛犬の次郎もたびたび登場する。

「21世紀の自然生活人へ―The Cold Mountain's Letters」 - 田渕義雄

投稿者 かえる : 01:34 |

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.blacklab-morphee.com/blog/tt_tb.cgi/333

コメント

コメントしてください




保存しますか? はいいいえ