2007年5月11日
夕暮れには切なすぎる
人生でもっとも多感で繊細な時期、まあいわゆる青春ってヤツでしょうか。
その頃に流行し、熱心に聴いていた母国語の音楽は、心の奥深く柔らかい部分にいつまでも残っていて、時を経て何かの機会に耳にしたりすると、何とも言えない感情を呼び起こすものだと思うのです。
拓郎、陽水、チューリップ、原田真二、永ちゃん、オフコース、RCサクセション、ユーミン、サザン、尾崎豊、プリプリ、BOφWY、ドリカム、ユニコーン、THE BLUE HEARTS、フリッパーズ・ギター、ミスチル、スピッツ、JUDY AND MARY、BLANKEY JET CITY、宇多田ヒカル、KICK THE CAN CREW、RIP SLYME、etc.etc............
世代によって、また人によって、そういった心の音楽は当然異なってくることとなる。
その頃のぼくらには、サザンもユーミンもあったから、ミスチルやスピッツを聴いて育った世代を羨ましいとはさほど思わない(両方とも、とても好きですが)。ましてや、コブクロを聴いて青春を送りたかったとは断じて思わない(あくまでも個人的には、ね)。
でも、椎名林檎さんを聴いてその時期を過ごした人々に対しては、思わずちょっと嫉妬してしまう。
卒業し、就職し、結婚もして、ある日ラジオから流れてくる「闇に降る雨」(とてつもなく美しく、また哀しみに満ちた曲だ!)を耳にしたら、どれほど切ない気分になるのだろう?
彼女が「夕暮れには切なすぎる」と歌ったクランベリーズより、彼女の声や曲の方が何倍も胸を締め付ける切なさに満ちているように、ぼくには思える。亀田さんのグルーブとうにさんが創り出す歪みは、聴く者の心に刺激的な混沌と甘い痛みを確実にもたらす。
ぼくの世代にはあんな音楽はなかった。少なくても、メジャーな存在にはなり得なかった。
「朝が来ない窓辺を 求め」たアーティストがトップスターとなった時代が、かつてあっただろうか?
いやぁ、10代の時に「椎名林檎」を聴いてみたかったなあ。"貴方に降り注ぐものが譬え雨だろうが運命だろうが
許すことなど出来る訳ない
此の手で必ず守る
側に置いていて"
「闇に降る雨」"何時もの交差点で彼は頬にキスする
また約束も無く今日が海の彼方に沈む
ヘッドフォンを耳に充てる
アイルランドの少女が歌う
夕暮れには切なすぎる
涙を誘い出しているの?"
「茜さす 帰路照らされど・・・」
"終わりにはどうせ独りだし
此の際虚の真実を押し通して絶えてゆくのが良い
鋭い其の目線が 好き
約束は 要らないわ
果たされないことなど 大嫌いなの
ずっと繋がれて 居たいわ
朝が来ない窓辺を 求めているの"
「本能」"あたしの名前をちゃんと呼んで/身体を触って/必要なのは 是だけ 認めて"
「罪と罰」
すべて作詞・作曲:椎名林檎
※本文中で「アイルランドの少女」をThe Cranberriesのドロレスとしていることに関しては、確固たる個人的な理由がある。しかし、これは客観的な事実というわけではありません。ビョーク(アイ「ス
」ランド出身)という説もあるし、実際には存在しないアーティストなのかもしれない。
椎名林檎
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